高祖弘法大師と当山に咲く彼岸花の風景をイラストにしました。
高祖弘法大師は奈良時代から平安時代になる時代の変わり目に現れ、中国に渡ってまだ体系化されていなかった密教を授かり、初めて体系化し真言宗を開き、高野山に真言宗の本山、金剛峰寺を開かれた方です。本宗の宗祖覚恵上人も高野山で得度し、また、当山もご縁をいただき定期的に高野山に参拝させていただいております。
そして、彼岸花の花言葉は、情熱・再会です。
秋のお彼岸のこの時期にご先祖様を想う気持ち(ご先祖様との再会)と本年12月に高野山に参拝させていただいて高祖弘法大師に再会させていただく気持ちをイラストにいたしました。
この度の高野山参拝は、高野山別格本山・大圓院住職の藤田光寛大僧正(77)が、第527世の寺務検校執行法印に就いたことを内外に披露する本年3月の「転衣式」に所用で出席が叶わなかったため、あらためて12月に当山役員がお祝いに行かせていただく予定です。
境内で撮りためた写真18枚をアルバムに追加いたしました。春・夏・秋の3つの季節に分けて掲載しております。
季節ごとに境内の表情は変わります。お参りの折には、どうぞ足元の花や木々にも目を向けていただけましたら幸いです。
地蔵菩薩様と提灯、向日葵という地蔵盆の風景をイラストにしました。
地蔵菩薩様は、自らが身代わりとなって人々を救う菩薩で、お地蔵さんとして親しまれています。紀元前5世紀頃にお釈迦様が亡くなってから、お釈迦様の後継者として人々を救う弥勒如来がこの世に現れるまでの56億7000千万年という気の遠くなるような年月の間この世を守る仏がいない無仏状態で「私がこの世を救いましょう」と役目を買って出たのが地蔵菩薩様です。お釈迦様が亡くなって弥勒如来が出現するまでの間、仏不在のこの世界をしっかりと守ってくれる仏様です。
地蔵盆とはお地蔵さんをおまつりする行事です。地蔵菩薩様の縁日である24日に行われることが多く、お地蔵さんを清めたり、提灯を飾ったり、お供え物をしたりします。
子どもたちが参加する行事としても知られていて、お菓子を配ったりされることもあります。
地蔵盆は、お地蔵さんを大切にし、子どもの成長や安全を願う行事として受け継がれてきた文化です。
向日葵の花の花言葉は、あなただけを見つめるです。お地蔵さまもきっと私たちを見つめ、自らが身代わりとなって私たちをお救いいただいていることでしょう。
そして、知恩とは、自分が支えられていることに気づくことです。
「自分は、誰にも頼らず、生きている」と思っている人はいても、実際に、自分だけの力で生きている人はありません。必ず、誰かの何かの支えを受けています。
今の自分の幸福はだれの幸せのおかげでしょうか? 自分がいろいろな人や物に支えられていることを知れば、「ありがたいな」「うれしいな」という感謝の心がわいてきます。感謝ができないのは、そもそも自分が受けている「おかげ」を知らないからです。だからまず、知恩(自分が支えられていることを知る)が最初です。
当山でもこの地蔵盆を大事にしています。来年度は地域の皆様にもご参加いただけるように楽しい企画を計画しております。皆様のお参りをお待ちしております。
ご本尊・中山不動尊と当山お滝塲の前に咲く蓮の花をイラストにしました。
中山不動尊の頭の上にあるのが蓮の花です。蓮の花がそうであるように自らも泥の中(娑婆世界)に身を置き、苦しむすべての衆生を助けんがため、私たちの行願をことごとく成就させてやりたいと願われ、顕してくださったお姿です。
蓮の花の花言葉は清らかな心で、泥水の中から美しく咲く姿に由来しています。蓮は泥水の中から茎を伸ばし、汚れのない美しい花を咲かせることから、心の純粋さや清浄さの象徴とされています。仏教では蓮の花は仏の智慧や慈悲の象徴であり、極楽浄土に咲く花として神聖視されています。
「ありがたい」という感謝の気持ちになると、「自分を支えてくれた人のために頑張ろう」という気持ちになります。これが報恩です。恩に報いる人は、幸せになれるそうです。仏教の視点の真の幸せを味わっていただきたいとの願いを込めています。
千手観世音菩薩様と当山に咲く紫陽花をイラストにしました。
令和7年に新しく迎えられ当山名物の桜の木の下と紫陽花に囲まれてご苦労いただく千手観世音菩薩(観音菩薩)様は、「音を観る」という名の通り、世の人々の声を聞き、その悩みや苦しみから救う仏様で、人々の声に対応するために様々な姿に変化されます。千手観世音菩薩様は、十一の顔で全方位を見渡し、人々のどんな悩みもキャッチし、全てを解決するために千本の手が生えた姿をしています。
そして、仏教における感謝の心は、生きとしいけるものへの深い慈悲と共感、そして他者への思いやりが大事であると言われます。
「ありがとう」という言葉は、他者に対する深い感謝と尊敬の念を伝える手段であり、仏教の視点から見ると、この言葉は他者からの行為や存在を深く認識し、その価値を認め、心からの感謝を意味します。
自分の前にまず人様からの気持ちが大切ということです。また、紫陽花の花言葉に団結があります。当山の初代住職がいつも話されていましたが、「皆、丸くなって、輪になって」の如く、一致団結して当山を盛り上げていきたいとの願いを込めています。